「令和6年能登半島地震」に遭われた被災者の皆様方へのお見舞い及び亡くなられた方々へのご冥福をお祈り申し上げます。
一日も早い復興をお祈りするとともに、報道に触れる度に東日本大震災での避難生活を経験した一人として、心が痛む日々を過ごしております。
先日、ラジオで小学生の名札の着用について取り上げていた。
私が小学生の頃は、毎朝、名札の着用・ハンカチの携帯などをチェックされ、当時の先生からは、「名前はその人そのものであり、名札はその人を表すもの」と言われた。
放送内容は、「名札着用の廃止又は検討している学校が多い」とのことである。
お分かりのように、不審者からの子供達の身を守ること、子供達の安心・安全の確保との理由からである。
では、学校内ではどうするのかというと、ある学校では上履きに名前が書かれているのでそれで対応するとのことである。
半面、大人の世界ではどうであろうか。
名札の着用については、社会人になっても小学生の経験から職場でも当然のことと思っていたし、社会人としての基本マナーの一つであると指導された。
しかし、近頃は、トラブルなどで名札から個人を特定され個人攻撃を受けたり、SNSの普及による誹謗中傷などから、職場での名札着用や名札の形式を検討している企業が多いと放送されていた。
更に、表札についても触れていた。
表札の多くは住所と姓名が一体となっているが、これは関東大震災で被災された方が自分の無事や所在が分かるようにとのことから、このような形式が定着・普及したという説があるらしい。
しかし、現在は、マンションなどを中心に表札を掲げていないところが多いとのこと。
これも、個人情報の保護や自己防衛の一環なのか。
小さいことのようではあるが、何か日本の良さが失われていくような気がするのは私だけだろうか。空しく寂しいものを感じざるを得ない昨今である。
s.y